2024.03.25 15:00カルタ ぼくはいつものようにカルタへ寄った。カルタとは、スミたちと住む家の一番近くにあるベーカリーだ。ここではよくクロワッサンとバタールを手にすることが多いけれど、これまで食べたことのないおもしろいパンに出会わせてくれるカルタはぼくたちにとって心踊る、たいせつな店だ。 カルタには二つの顔がある。夫婦で切り盛りしていて、昼のベーカリーは基本的に主人のクドウさんが一人ですべてを回している。 そして、夜には酒...
2023.11.02 15:00あの子 彼女はよく、主張のない笑いかたをする。 笑いかた、だけではない。怒りかた、泣きかた、喜びかた。不思議と、感情に彼女自身を感じないのだ。感情そのものが生きていて、彼女が媒体となり、ただ自らの肉体や表情を貸しているだけ。いつだって自らは空っぽなのに、いつだって溢れている。表現の抑揚や強弱の乏しさ、とも違う。鮮度の極まった感情たちが、規則正しく在るべきときに在る。彼女の不在こそが、主張のなさ、つまり、...
2023.06.30 15:00酒場にて「馬鹿で、痛くて、恥ずかしい人でありたいわ」「そうすれば、それらに恐れる煩わしさはないじゃない」 「本能なんて大抵、馬鹿で、痛くて、恥ずかしいものだもの」 彼女の吐く水たばこの煙に、わたしは目を閉じた。
2023.05.07 15:00輪廻ずっとそこにいても寒いでしょ変わりたくない、なんて嘘つきだ冷たくていいから、尖ってていいから、そのままどうぞ、わたしのなかにあなたとわたし違ってみえた、みえただけ氷になって、ぶつかって、水になって、溶けあって、空気になって、みえなくなって、懲りずにまた氷になるのあなたとわたし繰り返してきたね、変わらずに あなたが氷でいたいならわたしは喜んで水になるよ 冷たくていいから、尖ってていいから...