でたらめなガラクタの車
18歳目前の春に、自動車教習所に通いはじめた。
私の誕生日は5月なので、 誕生月前の4月から通えた私は、まだ高校3年生になったばかりだった。
いっときの期間だけ、午後の教習のために5限6限の授業やホームルームをすっぽかした。田舎特有の、1時間に1本しか出ない貴重な電車を見逃すわけにはいかないからだ。
そこまでして春の教習にこだわっていたのは、変化のない生活にちょっとした刺激が欲しかったのと、卒業や春休みなどの冬の混雑時期に同年代の人たちと教習所でまで顔を合わせたくなかったから。知らない人ばかりの春の教習所へ通うことが楽しみだった。
春休みも終わり、世の中はそれぞれが、それぞれの場所で、それぞれの立ち位置で新生活を始めた頃である。春での出会いは未だぎこちなく、賑やかと言ってもこの場に馴染もうと試し合う表面的な音だ。音色というより動作音のようで、生々しい音や熱気はない。皆んながそれぞれへ散らばったあとの春が、一番静かだと私は思う。とても寂しかったし、とても心地よかった。
教習所も3月までは賑やかだったのだろう。そんな熱気の残像が透けて見えるような春先の午後の空気は、時間の刻み方が違っていたはずだ。きっと流れる雲を眺められるほどの余裕があった。うららかな世界が、ラップ一枚ほどの緊張感を纏っているような。
私たちはいつだって刺激と安心の狭間にいる。三次元という刺激の中で、どれだけ宇宙という安心を見失わないか。私たちはいつだって、自分自身に試されているのだ。
春先の教習所には私と数名しか通っておらず、受付の女性や教習の先生との距離が近かった。行けば気さくに声をかけてもらえた。その中に一人、なぜか私がやたらと追いかけ回していた男性の先生がいた。当時、彼は32歳と言っていたのを覚えている。
今でこそ最低限の常識や倫理観を身につけたつもりだけれど、当時の私は今よりもずっと欠けていて、ただ意味もなく懐いていた。性欲にも満たない薄っぺらい好奇心を恋心と勘違いしていたのか、本当に何も考えずに追いかけ回していたのだ。
「最近、子どもが生まれたんだ」と聞かされても、「へえ!で?」としか思っていなかった。今の若い子はきっともっと賢くて、お金だろうが愛だろうが欲しいものが明確にあり、そこへの分別もついているのだろう。
けれど当時の私にはそうした分別など一切なく、目先の好奇心だけに突っ走っていた。好きでもないし、欲しいわけでもない。得することなんて何一つないのに、なんとなくはしゃいでいたのだ。
祭り好きでもないのに、目の前で祭りがやってるから「よく分からないけど楽しそう!」とふらっと立ち寄るような、そんなはしゃぎ方だったのだと思う。
帰りの送迎バスに乗らず、わがままを言ってねだり、彼個人の車で送ってもらっているときも、頭の中は好奇心しかなかった。ただ、今思うと、自分の知らない「父性」というものの可能性に期待し、好奇心を抱いていたのだろう。
当時はひとつ上の大好きな彼氏がいたので、恋心や性欲を埋めてもらいたいわけではなかった。刺激から得られる栄養とは別の栄養。絶対的な安心や包容を求めた結果、「この人は理性を超えた壮大な愛をもつ男性だろうか」と、男性という存在を試していたのだ。
刺激と安心。どちらかの彼がその両方を兼ね備えていてくれたら最高だったけれど、そもそも先生を恋愛対象としては見ていなかったし、大好きな彼氏の場合であっても20歳そこそこの男性に父性を求めるのは荷が重すぎる。ましてや30代であっても父性なんてあってないようなものだし、子どもがいても心から父性が湧いている人ばかりではない。それは女性の母性だって同じだ。
生物の構造上、父親や母親とは恋愛できない。そればかりは生理的な嫌悪が働くからだろうけれど、パートナーになる相手には、どこか父性や母性を感じなければ関係が成立しないほど、それらは絶対的なエッセンスなのだと思う。
かといって、相手の父性や母性に私が甘えたいわけではない。重要なのは「私を包み込んでくれるか」ではなく、「その本人の中で、父性や母性がすでに満たされているか」という点にある。
土台となる根本的な欲求が満たされている人は、極端な歪みや暴走に走ることがない。自分自身で満ちているからこその、揺るぎない安定感があるからだ。
とは言え、この安定からくる安心感は「共存する」「繋がる」という意味で不可欠でありながら、そればかりに偏ってしまうと途端につまらなくなったりもする。
社会を見回してみると、安心はあるけれど刺激が足りずに外へ求める人間と、刺激はあるけれど安心が足りずに外へ求める人間がいて、皮肉にもその二人が引き合っていることが多いのに、二人が本当の意味で交わることはない。
アセクシュアルのように、精神的にも肉体的にも性的な刺激を全く必要としない(むしろ不快に感じる)人もいる。私の身近にもいて夫婦生活が成り立っているけれど、それも不思議ではない。二人にとっては、「当たり前」や「常識」から外れた生活をしていること自体が刺激であり、同時に強い安心の中にいるのだろう。
今の私の人生においても、刺激と安心のどちらも譲れない。だからこそ、自分の求めているすべて、つまり刺激と安心が満たされる要素が揃っていない人と軽率に関係を持ってしまうと、想像以上に色々な人を傷つけてしまうという、あまりにも分かりきった単純な事実に直面したのだ。
私があまり好きではないアドバイスに、「依存先を増やそう」という言葉がある。理由を語ると長くなるので省くけれど、ある相手で満たされなかった(欠けていた)部分を、別の誰かを代用にして穴埋めしようとする行為には、誰かを傷つけうる事実を正面から受け止める覚悟が必要だ。
その覚悟があるならすべての責任を背負っているのだから何も言わない。
けれど現実には、他人の痛みを見て見ぬふりをしたまま、ただただ自分の欲求さえ満たされればいいという「動物性」を優先させてしまう人が多い。10代、20代の私のように。
ほとんどの人間関係のもつれは、自分自身が何を求めていて、何で満たされるのかという「自分自身」を知らないから起きる事故だ。防げるはずなのだ。
知ろうとしたとしても、世間や社会を基準に「大切なもの」や「満たされる条件」を決めてしまうと、迷宮入りしてしまう。意識が大衆基準で膨大に広がり、求めなくていいものまで魅力的に見えてしまい、この世のすべてを欲するようになってしまうからだ。
自分が何を求めているのか、何で満たされるのかも分からない状態は、例えるなら「でたらめな部品で出来たガラクタの乗り物」に乗っているようなものだ。
少年少女時代なら、「でたらめ」も「ガラクタ」も、転ぶことだって経験のうちだ。最初は自分自身なんて分からなくていい。一旦、親や周囲、社会という途方もないでたらめな世界に飲まれてみて、初めて見えてくるものだってある。
ただ大人になるにつれて、三輪車から自転車、そして車へと、自分を運ぶ乗り物は大きくなっていく。「でたらめ」の本当の価値とは、「これはでたらめだった」と気づき、本来の自然な自分へと調整するためにあるのだと思う。その価値に気づかず、ガラクタの乗り物のまま走り続けてしまえば、事故の代償がただただ大きくなっていくだけだ。
私たち人間には知性がある。事故が起きたなら点検すればいい。つまり「知る」ということ。自分自身を知り、自分にとって正しい部品で、正しい乗り物に乗り、正しい道を進めば、人間関係がもつれることはぐっと減る。
それこそが、私が10代からの恋愛を通して学んだことなのだ。
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