不真面目未満、真面目未満


頻繁に高校を休んでいた。もしくは二限目から行ったりお昼を食べてから行ったり、五限が始まる前に帰ったり。 

義務教育でもないのだから行きたくないのなら行かなければよかったではないか。そう思う。それでも高校進学を選んだのは、きっと、両親なりの愛を受けとるための一環として必要だったのだろう。

わたしの父は町工場を経営している。彼の学歴は中学までだ。当時の時代や風潮から、学歴の有無による向かい風を感じてきた、という。

「べつに、恥じるものでもないのにな」

個人的に感じながらも、父の哀しみを聴いていた。子どもたちには自分のように学歴で苦しんでほしくない。惨めな思いをしてほしくない。この一心で、がむしゃらに働いてくれていたのは知っている。

父の愛は、無事兄二人の'大学までの学歴'へと形を成した。聖書や哲学書にのっているような純粋な愛ではなかったかもしれない。ただ、屈折しながらも、自分の未練や後悔を子に投影しながらも、当時の彼ができる、最大で最高の愛の表現だった、と大人になった今、理解できるようになった。

ただ一方の面では、愛されてなどいなかった、といった完全に矛盾した愛への概念が並行して存在している。今となっては、相反するものが同時に存在する矛盾に抵抗がない。



高校での生活自体は楽しかった。人間関係にも恵まれ、いやなことなんてなかった。あるとしたら、なぜか一部の先生(大人)に好かれないこと、くらい。 

決して不真面目な生徒ではなかったと思う。けれど先生からしたら、特別真面目な生徒でもなかったかな、とも。

とくに数学のテストは0点だった。分からなかったし、分かろうともしていなかった。分からなければいけない必要性も感じていなかった。 

数学の授業を受けていた。授業中、することがなく黙って黒板を見つめていると、先生は突然声を荒げた。そして、わたし目がけてチョークを投げつけた。席は真ん中の列、前から二番目、というわりと近い距離だというのに。 反射的によけたことで、さらに彼の怒りに火をつけてしまった。ずんずんと寄ってきては、わたしの机のものすべてを床に散らした。教材も、ノートも、筆箱も、筆箱の中身のペンたちも。驚きのあまり、しばらく怒る彼の顔を見つめた。「ん?」だか、「え?」だか、そんなふうな間抜けに問うしかできなかった。

ぼけっとしていたのか。ノートをとるふりすらしていなかったのか。その原因は今でも分からないままなのだけれど、だとしても、物を投げられたり、物を散らされるほどに怒られる理由も、今でも分かっていない。


学校が嫌いというより、支配的な大人が好きではなかったのだろう。あとは、教わる、従う、が、もともと性に合わない気質の影響も十分にある。

(毎日欠かさず出席してほしいと願う)親のために学校へ向かう電車には乗るものの、通学中、一人になってしまえば安心した本能が顔をだす。また、本能と目が合ってしまえば、わたしは抗えない。絶対に。降りるべき駅で降りず、そのまま福島方面の鈍行電車に乗ってしまうのだ。

降りるべき駅を越えた電車内はいつも静かだった。窓から見えるのは、変わり映えしない田畑や、電車と並走しているように見える軽自動車。

「あの運転手は、女性だ」

「これからどこに行くのだろうか」

「わたしはあの人を見ているけれど、あの人はわたしを見ていない。'わたし'という人間がこの世に存在していることすら知らない」

など、あれやこれやと思うのが楽しかった。

ウォークマンをとおして聴く音楽。その奥で聞こえる、今、線路の上にいるのだと思いださせる、規則正しい音と振動。創作意志のないところから生まれたこのリズムも好きだった。



夏の平日だった。その日も学校に行く予定をくんでいない。教室で、今日も美春は来ない、と確定した朝、一度は学校に着いたクラスメイトの二人が、「美春に会いに行くことにした」と、正常に流れる社会を逆行し、わたしのもとへ来てくれた。

わたしの家に向かう途中、すでに遅刻している部活仲間(クサカリ)に会ったそうだ。線路を挟んだ、ホームの向かい側。これから始まる学校とは正反対の電車に乗ろうとする彼女らに、「お前、どこいくの?」「学校は?」と叫ばれた、と。クサカリには、「ちょっと用があって!」と叫び返したそうだ。


彼女たちは、わたしのように休まないし、逆らわない。

一時間ほどかけ、社会を逆行してまで来てくれた二人の表情は、背徳感というよりも開放感でいっぱいだった。つい笑わずにはいられない。自分のしている行動がおかしくておかしくて、それでも心はあふれるほどに満たされ、どうしたって内からこみあげてきてしまう、ようだった。

朝の十時過ぎだっただろうか。制服を着た女子高生二人と普段着のままの少女一人。若い三人は、しばらく理由もなく笑っていた。それは、とても純粋な時間だった。