買ったもの


最近買ったものは、地球儀。

(あとは、スタッドレス。インチを変えたのでホイールも)

今の車で新しいタイヤ買ったの初めて。

夏タイヤもこのあいだの秋までで最後だろうから、次も買わなきゃ。

いつまでこの車に乗れるのかな、と毎日思って、なんか撫でたくなる。

特別高いとか新しいとか、そういうんじゃないけど、新鮮に毎日大好き。

わたしの場合、好きなものって何年経っても慣れないんだよね。

倦怠期とか慣れとか、概念としてはよく聞く。

でも。それ、本当に好きになったもの?そうじゃないんじゃない?って疑いたくなっちゃう。

好き、を、依存とかタイミングとか、そんな一瞬の刺激的な高揚の錯覚を起こしていただけで。

ずっとそばにいることが当たり前になったからっていう理由だけで粗末にできるものは、ただはじめの高揚に依存してただけ。

粗末にして無く(失)なっちゃって、それでぽっかり空いた穴は、「失って気づいた大切さ」なんて崇高なものなんかではなくて、依存できなくなって寂しくなった己の弱さや浅ましさ。対象を美化することによって、自分の未熟さから目を背けられる利点があるな。と、いつも思うのです。


ふと地球儀がほしくなった。

珍しく、本当に'次の場所'が見つからない。

これまでは、なにをするにも勝手に先に身体が動いちゃうから、この数年での「考える」「様子を見る」「検討する」なんて選択肢なんてなかった。

わたしは心から求めているものであれば、たとえ恐怖心があったとしても恐怖心が勝って留まることはないから、今、こうして即決にできないのは本能的に惹かれていない。それは自分でも分かっている。 

なにかを理由にしたり言い訳したりせず、なにがなんでも身体が動いてしまう。

心からの欲求なら、お金がなくてもどうにかするし、時間がなくてもどうにかするし、なにかが足りないなら、とりあえずどうにかする性格だ。


まだ、今この場所でやらなきゃいけないことがあるのかも。

今のこの場所では、得なきゃいけないもの、というよりも、降ろさなきゃいけないもの、が感覚としては近い。